横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)19号 判決 1999年4月19日
原告
中村宏
右訴訟代理人弁護士
長瀬有三郎
被告
鎌倉市長 竹内謙
右訴訟代理人弁護士
石津廣司
右指定代理人
渡辺英昭
同
鈴木泉
同
内藤昭二
同
中村隆志
同
仁部智彦
同
井村美知夫
同
秋元成美
同
石井康則
同
小島英一
同
猪本昌一
被告
鎌倉市
右代表者市長
竹内謙
右訴訟代理人弁護士
石津廣司
同
内藤昭二
同
中村隆志
同
仁部智彦
同
秋元成美
同
小野田清
同
若月昇一
同
椎野憲一郎
同
谷川宏
同
小島英一
同
猪本昌一
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第三 当裁判所の判断
一 争点1(本件(二)土地に係る訴えの利益の存否)について
原告は、本件(二)土地が本件包括指定により二項道路になったことは認めながら、右土地が本件位置指定により位置指定道路になったことを争い、その無効確認等を求めている。
これに対し、被告市長は、両者の処分に法的効果の差はないとして、その無効確認等を求める訴えの利益はないと主張する。被告市長主張のとおり、包括指定と位置指定とは、いずれも法上の道路を創設する処分であり、両処分により創設された道路に法上格別の差異は設けられていない。
しかし、包括指定は、基準時に存在した幅員四メートル未満の道路について、その中心線から両側に水平距離二メートル後退した線を道路境界線とみなすのに対し、位置指定は、私人の申請に基づき、特定行政庁が具体的土地を道路として指定するものであり、必ずしも道路の中心線を基準としてその範囲を決定するものではない。したがって、たとえ既存の二項道路の敷地について幅員四メートルをもって法四二条一項五号の位置指定処分がされた場合にも、包括指定処分により道路とされた範囲と、位置指定処分により道路とされた範囲とは、必ずしも当然に一致するものではない。本件の場合、後記認定のとおり、本件包括指定により本件(一)土地及び本件(二)土地は二項道路となり、その後本件(二)土地について幅員四メートルとして本件位置指定がされているが、〔証拠略〕によれば、右処分は、財団法人中村惠風園療養所の申請に基づき、「鎌倉市腰越字浜上五〇四ノ一地内」ほかの土地につき、幅員四メートルの道路を指定したものであり、基準時の道路中心線を基準としてその両側二メートルずつを取ったものではないから、両者の道路の範囲は必ずしも当然に一致するという保障はない。
このように、道路の範囲に違いが出てくることになれば、それに伴う法的制約の範囲も異なってくることになるから、そのような違いがあるかどうかが不明であって違いがないとまで証明されていない本件において、原告が本件(二)土地について包括指定を認めながら後にされた本件位置指定の存在を争うという以上、その不存在確認等を求める訴えは法律上の利益があるというべきである。したがって、この点の被告市長の本案前の主張は理由がない。
二 争点2(本件(一)土地に係る本件包括指定の存否)について
1 法は、建築物の敷地は道路に二メートル以上接しなければならないとし(四三条一項本文)、かつ、法上の道路は幅員四メートル以上のものと規定したから(四二条一項)、幅員四メートル未満の道のみに接する敷地に存在する建物は、法施行後、建物を再築、増改築等することが不可能となった。しかし、法施行時、幅員四メートル未満の道は多数存在し、このような道路にのみ接する敷地に建てられていた建物が数多く存在したことから、法四二条二項は、その救済措置として、「この章の規定が適用されるに至った際現に建築物が立ち並んでいる幅員四メートル未満の道で特定行政庁の指定したものは、前号の規定にかかわらず、同項の道路とみな……す」と規定したものと解すべきである。したがって、右にいう「現に建築物が立ち並んでいる」というのは、当該道のみによって接道義務を充足する建築物が複数存在すれば足りると解するのが相当である。
これに対し、原告は、「現に建築物が立ち並んでいる」というのは、ただ単に建築物が道を中心に二個以上存在していることをいうのではなく、道を中心に建築物が寄り集まって市街の一画を形成し、道が一般の通行の用に供され、防災、消防、衛生、採光、安全等の面で公益上重要な機能を果たす状況にあることをいうと主張するが、前述したような法四二条二項の制定経過にかんがみると、二項道路の要件をそこまで厳格に解することは相当でないというべきである。
そこで、以上の観点から、本件(一)土地が本件包括指定により道路と認められるかどうかを検討する。なお、本件(一)土地との関係で本件包括指定の性格が問題となる以上、本件包括指定は、具体的な土地に向けられたものとして、処分性を有するということができる。
2 前記争いのない事実等及び〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件(一)土地は、昭和二七年ころも、また今日も、概略別紙図面(二)のとおり、原告宅地から東側に延びているが、その南側の土地(鎌倉市腰越一丁目五〇四番四)とは段差で隔てられ、直接出入りすることはできず、その北側土地(原告宅地の一部)は切り立った崖になっている。そして、本件(一)土地から引き続く本件(二)土地は、鎌倉市腰越一丁目五〇四番二、同番八、同番三、同番四、同番五及び同所七八九番三七の各土地に接しており、その周辺には戦前から建物が立ち並んでいる。そして、本件(二)土地は、その南端部分で公道に接している。本件(一)土地と本件(二)土地は、戦前から原告宅地と右の公道とをつなぐ道として利用され、基準時当時、その幅員は三メートル程度であった。
(二) 原告宅地のうち、四九七番一の土地上には、戦前から東西に二棟の建物(以下、東側の建物を「A建物」と、西側の建物を「B建物」という。)が存在した。A、B建物はもともと四、五メートル離れて建てられ、ともに玄関、便所を有し、戦前から戦後にかけて、別個に居住者が存在し、別々に利用されてきた。すなわち、戦前、A建物には原告の祖母中村フサが、B建物にはその夫中村春次郎がそれぞれ居住していた。中村フサは、昭和一四年ころ転居し、A建物は空家になったので、昭和一六年ころ、原告の両親がA建物に転居した。B建物には、従前同様中村春次郎が居住し続けていたが、同人は昭和二四年ころB建物から転居し、基準時当時、B建物には井上節子の家族が居住していた。井上とその家族は、原告の両親がB建物の西側に作った階段を通り、畑と山を渡り歩いて町に出ていたが、この道は山道程度のもので、基準時当時存在した接道義務を満たすような道路としては、本件(一)土地しかなかった。
(三) その後、井上とその家族は、昭和二七年ころB建物から転居した。B建物の所有権は、同年共有物分割を原因として原告の父中村達雄に移転され、次いで、昭和二七年井上節子に移転され、昭和三〇年原告の母中村ヤヨエに移転された後、昭和五二年取り壊された。原告は、その跡地に現在ある建物を新築したが、その際、本件(一)土地を二項道路として建築確認を取得した。
(四) 登記簿上、A建物は昭和四年に保存登記され、B建物は昭和一八年にA建物の付属建物として登記されたが、その後両建物は、昭和二七年分割により別々の建物として登記された。しかし、その間A、B建物に変化はなく、一貫して別々の建物として利用されていた。
以上のとおり認められる。右認定に対し、原告は、もともとA、B建物は両者が一体として別荘に利用されるために建てられたものであり、それぞれが独立して居住するには不完全な建物であったと主張する。しかし、たとえ建築当初のA、B建物の利用目的がそのようなものであったとしても、前記認定のとおり、基準時当時はそれぞれが玄関、便所を備え、別々の家族の居住の用に供されていたのであるから、少なくとも基準時当時においては両建物は、別個独立に利用されていたものというべきである。そして、このような建物の利用形態は、登記簿上の扱いと必ずしも正確に対応するわけでもないから、昭和一八年から昭和二七年にかけて、B建物がA建物の付属建物として登記されていたからといって、そのことは右結論を左右するものではない。
3 右認定の事実によれば、本件(一)土地は、その周囲に建物が立ち並んでいたわけではないものの、以下の理由から、同様に二項道路の要件を満たしていたものというべきである。すなわち、前記認定のとおり、基準時当時、原告宅地にはA建物とB建物とが存在し、この両建物には別々の家族が居住し、それぞれ別個に利用されていたのであるから、用途上可分の建物であったというべきところ、このように用途上可分の建物が二以上存在したというのが社会通念上も妥当である以上、法上、敷地も建物に応じて二以上とすることが要求される(法施行令一条一号)。したがって、右二棟の建物が法の接道義務を満たすというためには、一棟の建物の敷地ごとに二メートル以上、合計四メートル以上、法上の道路に接していなければならないことになるところ、前記認定の事実によれば、原告宅地において、本件(一)土地以外に接道義務を満たす道路は存在せず、かつ、本件(一)土地の幅員は、基準時当時三メートル程度であったというのであるから、当時この土地のみによって接道義務を充足する建物が複数存在したことになる。このような事情と前述した法四二条二項の趣旨からして、本件(一)土地は、二項道路の要件を満たすことになるというべきである。
これに対し、原告は、A建物及びB建物が不可分の一個の建物であるという。前記のとおりこれを一個の建物ということは社会通念上も困難であるが、仮に、不可分の一個の建物とすると、本件(一)の土地は法上は道路ではなく原告敷地内の土地でもよく、幅員二メートルで本件(二)土地に接道すれば良いということになるが、そうなると、防火等の対策上もいかにも頼りないものとなるのであり、とても法が容認する事態とは思われない。
また、原告は、A、B建物の敷地は、その形状からして敷地割ができない配置となっており、A、B両建物の敷地につきそれぞれ接道義務を満たさなければならないとすることは現実に不可能であって、そもそも両建物を別個とみて右のような解釈をすることはできないと主張する。しかし、弁論の全趣旨によれば、基準時当時存在していたA、B建物を前提に、それぞれの敷地について接道義務を満たすよう敷地割することも不可能ではないと認められるし(被告らの平成一〇年七月二一日付け準備書面添付の図面参照)、前記認定のように、現に原告は、昭和五二年、B建物の跡地に建物を新築する際、A建物との敷地割をし、建築確認を得ていることが認められるから、原告の右主張は採用することができない。
さらに、原告は、本件(一)土地は、北側が崖に接し、南側が石垣の擁壁と接しているため幅員四メートルを満たすことができないので、およそ二項道路足り得ないと主張する。しかし、このような主張を認めると、本件のA建物及びB建物は法施行時から法に反した建物となるが、それは、法の予定しないところであるといわざるを得ず、本件(一)土地のようなものであっても二項道路として指定することとするのが法の趣旨であると解される。そして、A建物等を再築する際にはいわゆるセットバックすることが想定できないが、このような際には可能であれば例えば北側崖の部分を削って本件(一)土地を幅員を四メートル以上にすることが法の趣旨に適うところであるとはいえよう。ちなみに、昭和四五年ころ原告は本件(一)の土地を幅員約五メートルに拡幅して舗装しているのであり(原告本人尋問調書五頁)、いずれにしろ原告の右主張も採用することはできない。
三 争点3(本件(二)土地に係る本件位置指定の存否等)について
1 原告は、本件位置指定は、その告示において、対象土地の表示を「鎌倉市腰越字浜上五〇四ノ一地内」としており、「鎌倉市腰越字浜上五〇四番九」(本件(二)土地の所在地)とはしていないから、本件位置指定は、本件(二)土地については存在しないと主張する。
確かに、〔証拠略〕によれば、本件(二)土地は、昭和二七年ころ、同所五〇四番一から分筆され、同所五〇四番九になっていることが認められるから、本件位置指定が告示された昭和三三年七月一五日当時の表示の仕方を前提とすると、本件位置指定の対象地として表示された「鎌倉市腰越字浜上五〇四ノ一地内」の区域は本件(二)土地を含んでいないことになる。しかし、〔証拠略〕によれば、財団法人中村恵風園療養所が昭和三三年に神奈川県知事に宛て提出した本件道路位置指定申請書の添付図面には、本件(二)土地が旧表示のまま対象土地の一部として表示され、また、神奈川県職員作成の審議票には「申請図書通りで指定して支障ないものと認められる」との記載があることが認められるから、神奈川県知事は、財団法人中村惠風園療養所の本件道路位置指定の申請に対し、これを申請どおり本件(二)土地をその対象土地に含めて処分通知書を発したものと推認される。そして、本件位置指定の効力は、右処分通知書に基づいて生じるものであり、告示はその内容を確認的に公にするものであると解されるから、本件告示は土地の表示を旧表示でしたものと解するのが相当であり、新表示による記載がないとしても、本件(二)の土地に本件位置指定がされたこと自体の効力に影響を及ぼすものではないというべきである。
したがって、本件位置指定は、本件(二)土地については存在しない旨の原告の主張は採用することができない。
2 また、原告は、本件位置指定がされた当時、本件(二)土地の幅員は南端で三・四六メートル、北端で三・八〇メートルしかなかったのであるから、本件位置指定において幅員四メートルの道路を確保するには、両側の土地所有者の承諾が必要であったと解されるところ、その承諾を得た形跡はないから、右処分には重大な瑕疵があると主張する。
しかし、〔証拠略〕によれば、財団法人中村惠風園療養所が神奈川県知事に宛て提出した本件道路位置指定申請書には、前書きに「建築基準法第四二条第五項による道路の位置の指定を受けたいので承諾書及び必要図面を添えて申請します。」と記載されていること、そして、その審議票には「本件は住宅敷地を造成するために道路を築造する計画であるが、調査するに申請図書の通りで指定して支障ないものと認められる」と記載され、道路の幅員の不足を指摘する趣旨の記載がないこと、本件(二)土地に面した鎌倉市腰越一丁目五〇四番四の土地所有者である水島可一は、平成八年一二月、右土地上に建物を新築するにあたり、鎌倉市役所に提出した建築計画概要書と題する書面に、本件位置指定道路を記載した図面を添付し、右道路の存在を前提に建物敷地を画していることがそれぞれ認められ、これらの事実に加え、本件位置指定について、今日まで原告以外の関係権利者により異議等が出された形跡がないことを考慮すれば、本件道路位置の指定の申請に際しては、関係権利者の同意書が添付されたものと推認するのが相当である。もっとも、〔証拠略〕には、図面は添付されているものの、関係権利者の承諾書は添付されていないが、これは承諾書が保管の対象外とされたことによるものと解されるから、この事実は右の結論を左右するに足りない。
したがって、本件位置指定に、原告の主張するような重大な瑕疵があるということはできない。
3 さらに、原告は、本件位置指定がされた当時、本件(二)土地は二項道路であったのであるから、そのような道路について位置指定道路とするには、いったん二項道路としての処分を取り消し、その上でこれを行うのでなければならないところ、本件においてはこれが行われていないから、本件位置指定は無効であると主張する。
しかし、包括指定と位置指定とは、効果は同一であっても、発令の要件、内容等を異にするものである上、前示のとおり、二項道路とされた道路について、位置指定がされても、その範囲は必ずしも一致するとは限らないのであるから、このような位置指定も少なくとも重大な瑕疵を有するものではないというべきである。
したがって、この点の原告の主張は失当といわなければならない。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 近藤裕之)
別紙図面
<省略>